浅間嶺の自然を体感する /秦和寿 2009年4月13日

 実施日 平成21年4月13日(月) 天候晴れ 温度20〜26度
 山名 浅間嶺(檜原村 江戸時代からの山の古道>
 参加者9名(田中学(植物分類)、関秀明、杢谷(学芸大生)、芦川(雲取山の会)ら)
 観察記録 動物(東京山椒魚 蟇蛙 鼬の糞等) 植物は別途報告

払沢の滝

 檜原村の山の古道、浅間嶺の自然を体感した。平日なのでバス便は極めて悪いが、定刻発。本宿を経て払沢の滝入り口で下車。途中、民俗学の柳田国男が宿泊した橋本旅館が見え、今でも営業していることを一部の人に話す。柳田民俗学は奥多磨が始まりである。
 数馬の山崎屋旅館は、田部重冶が常宿とし、これは文庫本に『数馬の一夜』という作品に記されている。「払沢の滝」は3段で6Omある。滝壷付近を温度測定すると周辺より2度低い。ここは槍原村の水源であったことや「川にな」の生息地でもあるので清流そのものだ。途中で対岸の山地に一筋の糸状の滝を双眼鏡で探す。全員が「天狗の滝」を確認した。

山里の春

 山道にはいると「熊に注意」の看板が目を引く。山里の茅葺きの家や「兜造り」の屋敷が数軒あり、植栽の桜、花桃、連翹が満開である。3月に来た時は福寿草の群落もあった。
 周辺の草本植物を見ながら歩く。今日は、植物分類学の田中学氏がきてくれたので、耳型天南星の雌雄異体の説明を聞く。

時坂姉

 この峠は、山の神が祭られ苔むした石仏などもある。昭和の初めまで甲州方面から馬で炭を運んだ交易路を偲ぶ。ここからは、瀬戸沢の高峰荘という茶屋まで尾根道となる。隣接する瀬戸沢の1軒屋は江戸時代からの建築物である。この屋敷の前の斜面畑は、小生らが研究のフィールドとした場所で、アカネズミからエーリッキアというリケッチア類を検出しており、これは国内で2番目の検出例であった。ここで茶を沸かし「紅茶ケーキ」の時間とする。
 休憩時間が終わり、歩きはじめると山仕事をしていた茶屋の親父が戻ってきたので、おでんを注文する。山の荒れを防ぐため、少しでも山人を支援するためである。

雑木林

 沢沿いに少しの登りがある。尾根道に出ると、この辺は椎などの雑木林で斜面に片栗の花が見られる。この雑木林は薪炭の原料とし落ち葉は堆肥としたのである。大きな樅の木があったので聴診器で導管の水流を聞く。浅聞嶺で昼食。「萱と』で、昭和30年頃、−時スキー場であった。対岸、御前山の絶好の見晴らし場である。一気に下りバス停まで急ぐ。
 歴史ある古道を歩き山里の春の息吹を感じた1日であった。