2008年 高山植生モニタリング報告

 自然の変化を長い目で見続ける大切さは広く認識されており、環境省が全国で1000箇所のモニタリングサイトを設置する「モニタリングサイト1000」に取り組んでいます.このことは「はじめに」のページでも紹介しました.

 モニタリングサイト1000の多くは市民団体が調査を担っています.特に里山サイトは一般公募され、211件もの応募があったそうです.そのうち182件がサイトとして登録されました. 5年間を一区切りとして、この体制でやるそうです.

 このことはモニタリングサイト1000のために、新たにサイトが設定されるのではなく、どこかの団体が何らかの活動をしているサイトが選ばれていることを示しています.例外もあるでしょうが、国の制度に関わらず自分たちで活動を続けていることが大切だと思います.山の自然学クラブでのモニタリングも、長い目で続けていきたいと思います.

調査地

日本を代表する高山帯の1つである中央アルプスの三沢岳および駒ケ岳周辺で6つの調査区を作りました.調査地のページにも説明があります.

@−Bは高山特有の多様な植物群落を含むよう選定し1m×1mの調査区を4つ設置しました.
@構造土サイト(寒冷地では、土壌の凍結・融解作用によって土壌が動き、地表面に幾何学的な模様(微地形)ができることがある.こうして形成される模様を構造土という.)
A風衝地サイト(駒ケ岳と中岳の鞍部で、強風が吹き抜け冬でも雪がほとんど積もらない.風衝地植生が見られる)
B中岳ハイマツ帯(大きな岩塊からなる斜面で、主にハイマツが優先した植生が見られる.)

一方、調査区のC−Eは、標高の異なる3つの山頂(2840 m、2740 m、2700 m)に設置しました.Gloriaは標高の異なる複数のピークに調査地を設置することとしています.そして山頂から5m低い地点の東西南北4方向に3m×3mの調査区を設置し、それを1m四方に区分し、四隅の方形区(合計16個)を調査区とします.ただし、ピーク付近は地形が複雑で岩場が多いため、マニュアル通りに設置できないところもありました.

調査方法

設置した調査区で以下の項目を記載しました.

  1. 植被、礫、地衣類、コケで覆われている割合、
  2. 植物の種名と被度、
  3. 1m×1mの方形区をさらに0.1mきざみに区分し、その中に出現する植物の種名.
  4. 大型動物による採食があれば採食の程度、
  5. 地温(自動記録式の温度計で継続的に記録)


1mの枠は運搬に不便なので、50cmの枠を4個使いました.

解析方法

種数と多様度指数Shannon-Wiener関数を算出し、調査地間の種多様性の違いを検討しました.この値は、多くの種が均等に出現する場所は大きくなり、出現種数が少ない、あるいは1種だけが優占する場所は小さくなります.

次に2つの群集間の類似度を求める為にMorisita(1959)の類似度指数を算出しました.2つの群集が全く同じ場合は約1、全く異なる場合は0をとります.

次に主成分分析(Principal omponent Analysis)を行いました.これは、多くの変量(ここでは各種の出現頻度)の値をできるだけ情報の損失なしに,少数個の総合的指標(主成分)で代表させる方法です.

結果

各調査地の環境と地温の値から推定した雪解け時期、種多様性を表に示しました.

まず地温の値から、各調査区の冬の積雪量と雪解け時期を詳しく検討してみます.
Dの三沢岳頂上の方位の異なる斜面の地温の季節変化を図に示しました.冬期の地温はほぼ0度に保たれていることから、冬の間厚い雪に覆われていることが分かります.特に東側で雪が多く、雪解け時期は7月初−中旬と遅くなっています.雪解け時期が遅いということは植物が生育できる期間が短いということですが、雪が冬から春の寒さを遮ってくれます.

 一方、Eのピークは風が強く雪があまり積もらないようです.冬の地温は-20度付近まで下がっています.そのかわり、雪が多い所に比べ5月には植物が生育を開始できます. なお、年による変動もありますので、傾向をつかむには何年か様子を見続ける必要があります.

 植物相については、各調査区では4-25種出現し、合計69種(2種未同定)記録されました.最も種多様性が高かったのは、Dの南東斜面でした(総種数28種、調査区平均22種、多様度指数2.65).上述したように、この場所の雪解け時期は7月初旬と遅く、植物の生育可能な時期は短いのですが水分条件が良いことが伺えます.ハクサンイチゲ、シナノキンバイ、チングルマ、ハクサンチドリといった湿った草原に良く見られる植物が多く生育しています.
 今回設置した調査地の中では、このサイトは唯一、他のサイトとの類似度指数が全て0.5以下で、独自の植生が成立していました.ただし、雪解けが7月上旬と遅めのDの北東斜面とはチングルマ、アオノツガザクラなど共通種が認められ、類似度指数は0.47でした.

 Dの北東斜面は雪解けが遅めなため、アオノツガザクラといった雪田に多く分布する矮性低木が優先していました.本サイトは他の雪解けの速いハイマツ帯や矮性低木帯と優先種が異なりますが、ガンコウランやコケモモなどが共通しているため、両者の間で類似度指数が高くなっていました.

 風衝地群落には中央アルプス固有種で絶滅危惧種でもあるヒメウスユキソウやコケコゴメグサが見られ、この地域独自の群落が成立している場所といえました.Eの北東斜面は、ハイマツ帯と風衝地との境界付近に調査地を設置したため、両方の環境の場所と類似度が高くなっています.

調査区間の類似度指数(0.5以上の値には色をつけた)

 主成分分析の第1軸はDの南東斜面とその他の違いとして分かれました.これは、Dの南東斜面の植生が他の場所と類似性が低いことと一致しています. 第2軸は主にハイマツ、ガンコウラン、コケモモなどが出現する低木群落と、ミヤマキンバイやトウヤクリンドウが生育する風衝地群落とに分かれました.この第2軸は多様度指数と負の相関があり、低木が優先する群落は種多様性が低い傾向が伺えました.特にハイマツが優先すると、コケモモなど特定の種が現れる傾向があり、場所や斜面の向きが違っても、似たような群落なる傾向がありました.


主成分分析結果と各成分を特徴づける群落


主成分分析第2軸の値と多様度指数の関係

 今回の調査地では、主成分分析の第1軸が湿性草原とその他と分けられたことから、植生の違いに最も貢献している要因は水分条件(雪解け時期)であると考えられました.高山帯では雪の積もり方によって、生育期間、温度条件、水分条件、栄養条件など様々な環境条件が変化し、その環境条件に応じた群落が成立することが知られています(Korner 1999, 工藤 2000).今後も、雪解け時期および雪解けの異なる環境をモニタリングしていくことが必要だと考えられます.

 次に植生の違いに大きく貢献している要因は、ハイマツなど低木の有無であると考えられました.ハイマツは雪の積もらない風衝地や雪解けの遅い場所にはあまり生育しないと言われています.しかし今回の調査期間の地温計の値から判断すると、風衝地から雪解け時期が6月下旬の場所までハイマツは生育していました.ハイマツの伸長量は前年の夏の気温と正の相関があることが報告されています (Takahashi 2003, Wada et al. 2005).ハイマツパッチの年変動(拡大や縮小など)は、今後植生をモニタリングしていく上で興味深い項目かもしれません.

 なお、調査地のある中央アルプスでは報告はありませんが、南アルプスでは鹿の個体数の増加そして食害による植生変化が報告されています.鹿の個体数の増加・分布拡大は、土地利用の変化や暖冬など複数の要因が複雑に関わっていると言われており、今後注意を払う必要があるでしょう.

参考文献

謝辞

 本研究はプロ・ナトゥーラ・ファンドを得て行いました.この場をかりて感謝いたします.